有楽町「中本」が閉店すると聞きつけ……



ラーメン中本と言うと「蒙古タンメン中本」を思い起こす方も多いのではないかと思います。まったく関係のないお店である有楽町の「中本」がついに閉店すると聞き、あわてて駆けつけました。

昨今、ちまたで良く見かける作務衣を着た店員がいて、でかい声で「あーがとーござーした」絶叫するようなお店ではありません。年配の店員が静かに調理し、これまた初老のおばちゃんが無言で給仕します。

最初の職場が近かったので、二週間に一度は行っていたものの、食するのは数十年ぶり。当時は冬限定メニューだった味噌をいただきました。

魚介系とか豚骨背脂といった言葉とは無縁だったころのシンプルな支那そばの味。きっとラーメン通の人からすると味気ないものなのかもしれませんね。聞いてみると60年前の開店時より同じレシピを守り通しているとのこと。僕には美味しいと感じるのですが、味が時代から取り残されたということなのでしょうか。

週刊誌的なオチを付けると「また一つ、昭和が終わった」という感じです。

営業は今月22日まで。

@『中本』@
[住所] 東京都千代田区有楽町1-10-1 有楽町ビルB1F
[営業時間] 月−木11:00-14:45 金11:00-14:45 17:00-19:00
[定休日] 土日祝

レバ刺し最後の日

本日をもって生レバーの販売が禁止されるという。

かつて屋外で暮らしていた人類は、その場その場でこの物体は果たして食べることが出来るのかどうか自問自答しながら生きてきた。生存するとは、これを口にして良いものか、安全なのかを常に考えることだった。

初めてナマコやイナゴを口にした人間は飢えていたのだろうか?

食べることは冒険であり、究極の自己責任だった。

人は口に入れてみることで経験則を積み上げ、食の安全に対する判断力を磨いていった。

とりわけ日本列島に暮らす人たちは生食を好んだ。高温多湿であり、すぐさま食物が腐敗してしまうような環境にもかかわらず、タンパク質に火を通さず食することにこだわった。刺身文化はその最たるものだ。

しかし近代に入ると人々は『食の安全』を国家の手に委ねるようになった。国家が食べていいとお墨付きを得たものは何の懸念もなく口に放り込む。運悪く食あたりになったら、それはすべて国家の管理責任になった。

人はこれが食べられるものかどうか、判断することを放棄した。

これを生命力の衰弱と言わずして何と表現できるのだろう。

写真は新橋『星遊山』のレバ刺し。6キロのレバーの中から先端の900グラムのみを使ったもので、角が尖っていた。

日活100年記念『生きつづけるロマンポルノ』に行ってみた


5月12日より渋谷ユーロスペースではじまったロードショー。本当に行って良かった!!

詳しくない方はロマンポルノと聞いて、いかがわしいエロ映画を想像するだろう。ポルノと銘打っているものの、17年にわたり作られた1100本あまりのフィルムの中には、日本映画史に残る傑作が数多く含まれている。

1954年より制作を再開した日活は太陽族映画で一世を風靡。しかし映画離れから業績が急速に悪化し、映画制作を一時中断するに到る。
関係者たちは、数百倍の確率を勝ち抜いて日活に入社し往年の名監督のもと映画技術を身につけた助監督や卓越した技術を持つスタッフなどを擁するスタジオシステムを維持するため、成人映画の制作・配給に生き残りの道を模索した。斜陽化する一方の映画産業の中、限られた予算と知恵で日本映画の技術や伝統を守り続けたのが日活ロマンポルノだったのである。

ロマンポルノの監督は映画の途中に何度か濡れ場を挿入しさえすれば、あとは何をやってもかまわないという、マーケティングに支配された今の映画界では考えられないような自由を与えられた。そのためロマンポルノからは数多くの名監督が生まれたのである。

今回、チョイスしたのは初日の四回目である『(秘)女郎市場』と五回目の『天使のはらわた 赤い教室』。なぜなら上演後に両映画の監督である曽根中生氏のトークショーが行われるからだ。

1970〜80年代にかけて『嗚呼!! 花の応援団』『博多っ子純情』などの映画を撮った曽根中生監督は80年代後半にプッツリと消息を絶つ。巷では「多額の負債を抱え、ヤクザに殺された」「ダンプの運転手をやっている」などとの噂が飛びかっていた。そんな曽根氏が去年の湯布院映画祭で突然、公式の席に姿を現した。そして今般の映画祭にて、73歳になった伝説の監督の肉声を聞くことができたのである。

新聞報道によると、失踪してからはヒラメの養殖場で働いたり、競艇場で出会った男にお小遣いをもらって暮らした後、50歳を過ぎて九州大学に学士入学。現在は自らの持つ特許をつかった燃料の製造装置事業の収入で暮らしているという。

飄々としていながら、やはり目つきは鋭い方だった。頭の回転は速く、ホスト役である山根貞男氏の質問に笑いを交えて返答するなどブランクは感じさせない。四回目上映後の対談のやりとりは公式ホームページにアップされている。

http://www.nikkatsu.com/report/201205/001101.html

五回目終了後のトークショーでのやり取りの抄録を掲載してみる。山根氏の見事なツッコミと、曽根監督のとぼけた感じの返答の妙味を感じていただきたい。


山根:初期の作品である『(秘)女郎市場』それから『天使のはらわた 赤い教室』まですさまじい勢いで撮っておられます。調べてみますと、デビュー作から7年ちょいで33本の映画を撮った。すごい量です。
曽根:撮りすぎなんじゃない。
山根:当時は矢継ぎ早が当たり前だったんじゃないですか?
曽根:そうですね。終わるとプロジューサーが脚本を持って来きて、撮らないと怒られるんですよね。良い悪いなしなんです。
山根:「分かりました。じゃあ読まして下さい」じゃないんですか?
曽根:そんなこと言えないですよ。もう「これ撮れ」と。
山根:曽根さんがそれを読んで気にくわないとか自分には合わないとかはなし?
曽根:そうすっと自分で直しちゃう。
山根:それはいいんですか?
曽根:そうするとシナリオライターがものすごく怒るんです。
山根:よくあるやつですね。
曽根:二度をお前とはやらないと。シナリオライターもお金もらってるからしょうがないんですね。直さなきゃ撮れないから。だからこの『天使のはらわた 赤い教室』のラストシーンも石井隆さんとけんかになった。私がラストシーンを直しちゃったから。
山根:ラストシーンというと。雨上がりの中での別れのシーンですか?
曽根:みずたまりのところ。あれ、本当は男性の後に女性がついていく。それが延々と書いてある。
山根:蟹江敬三が立ってますよね。こっち側に。脚本では立ってない?
曽根:男の方に女性がついていくんです。いろいろ会話があって、女性も納得して。
山根:もう一度やり直そうと。
曽根:ほだされてついていく。私はその会話を全部切っちゃった。
山根:でもそれがあのドラマの決定的な違いですね。
曽根:だから怒られちゃった。

山根:7年間に33本も撮るというのは苦痛なことだったんですかね。そんなにいっぱい撮れるものかなと今だったら思うんですよ。
曽根:主張があるとなかなか撮れない。私なんかなんの主張もないからただ撮ればいい。山根:前回の話に出ました鈴木清順監督。外国の映画祭に行くと必ず彼の映画をいっぱい見た評論家や映画記者が、「あなたはこんなにいろんな傾向の違う映画をいっぱい撮っている。こういう風なバラエティのある企画はどういう風に考えるんですか」と聞く。鈴木清順さんは「私は企画なんか考えたことがありません」という。
曽根:私も考えたことがない。
山根:同じですよね。清順さんも次々撮っていらっしゃった。でもそういう質問が出るということは清順さんの映画にも独特の個性があるからですよね。同じ用に、曽根監督は次々撮るとおっしゃいましたが、曽根中生監督の映画も何か独特の個性が出ているじゃないですか。それはなんなんですかね? さっき主張がないと言っておられましたが。
曽根:それは隠してあるんです。今回(の映画祭に)は出ていませんが『色情姉妹』には本になかった三女というのが出てくる。その性衝動と暴力衝動を描いてみたかった。『女高生100人(秘)モーテル白書』の中にも女子高生たちのの暴力衝動が隠された形で入れてあります。
山根:それはシナリオにはない? じゃあ、いつも曽根監督は与えられたシナリオを料理するときに自分のやりたいことを入れちゃう。
曽根:そうですね、
山根:必ず?
曽根:大概のところに入っていますね。ああ、これは間違いなく私が撮った。そうでなきゃ忘れちゃいますよね。何撮ったか。

山根:話は飛びますけど、この水原ゆう紀さんという女優さんはほんの何本か出ただけで映画に出なくなりますよ。
曽根:なぜだかわかんない。
山根:そういうのはフォローしていない。
曽根:全然。
山根:さっき事情通の人に聞いたら今は占い師をやっておられるらしい。
曽根:じゃあ占ってもらおうかな。
山根:面白い女優さんがいっぱいいたんじゃないかなと思うんですよ。ロマンポルノの俳優は他の会社の映画にはない強烈な個性を持っている人がそろっていたと思うんですけれども。
曽根:どういうことかわからないですね。それは私も。
山根:そいういうのは監督達が魅力的に見せたんだと思うんですよ。
曽根:そうじゃないと思うんですよ。自分が裸になるという、男の俳優だって裸になることは結構恥ずかしいことだと思うんです。覚悟を決めてやらないとできないことだと。いい加減にはできない、その覚悟が芝居の中に出てるんです。
山根:そうか。
曽根:覚悟を決めた顔が芝居の中に出ている。
山根:それが迫力になっている
曽根:そうだと思います。
山根:そこでお聞きしますけど、曽根監督はからみのシーンは結構細かくやるんですか?曽根:いや、あんまり。もうそれは普段みんなやってることだから、ほっとけばやるだろう。
山根:そうですかね。
曽根:手をあげて、あれしてなんてやってられないでしょう。
山根:でも結構細かく指導する監督もいるんじゃないですか?
曽根:そしたら自分のセックスの形をばらしてるようなもんじゃないですか。その男優と女優しかできない気の合い方とかそっちの方が重要だと思うんです。

今年秋には曽根監督の自伝も刊行されるという。
ぜひ再びメガホンを取って欲しいものだ。

『飼い食い−三匹の豚とわたし』と『食の終焉』

われわれが口にしているものがどこで作られているのかを、ナレーション無しに描いたドキュメンタリーに『Our Daily Bread』(邦題=命の食べかた)という作品がある。

http://www.espace-sarou.co.jp/inochi/

この映画の中で豚や牛の屠畜シーンがあり、動物たちは人の口にはいるために、いかなる形で生命が途絶させられるのかを見せてくれる。私たちは誰がどのようにして家畜を育て、どのように屠られ、解体され流通しているのかまったく知らない。現代の分業化された産業に組み込まれ、ブラックボックス化されているのである。

そんな食肉産業の実態にも視線を配りつつ、自らの体験ルポとして子豚を育て、自ら食すまでを追ったルポルタージュ内澤旬子氏の『飼い食い−三匹の豚とわたし』である。氏の『世界屠畜紀行』にも教えられることが多かったものの、この書物はさらに読みやすく、面白いうえ、いろいろ考えさせてくれるので、多くの方にお勧めしたい。

http://goo.gl/WWJP0

ネタばれになるので、あまり多くは語れないが、軽やかな文体にもかかわらず、考察は奥深い。われわれが隠蔽している「他者の生命を奪って生きているという事実」、われわれが見失った「循環する生命に対する畏敬の念」を思いおこさせ、そのうえ大規模化する畜産農家やグローバル経済化での競争に巻き込まれた畜産産業にまで取材は及んでいる。時をおいて、もう一度読み返してみようと久々に思わせてくれた書物だった。

グローバル経済がもたらした巨大サプライチェーンがわれわれに何をもたらしたのかを考察したポール・ロバーツ著『食の終焉』も手に取っていただきたい。

http://goo.gl/hrymh

知人の編集者が手掛け、送ってもらったものだが、ちょうど食い物のことばかり考えていた最中だったので、むさぼるように読んでしまった。スーパーマーケットで次から次へと篭に放り込むだけで、ありとあらゆる食材が手に入る現代だが、その背後で何が起こっているのか。知ってしまうと怖い部分もあるのだが……。

食べるということ

外食が多いものの、時間のあるときはなるべく自炊するようにしている。東京にいるときは一人なので、大した料理はできないものの、焼き魚ともう一品くらいは作っている。

気をつけているのは、なるべく素材のままで食べること。トマトをまるかじりする、大根や山芋をおろす、茄子を焼くなどなど。狩猟者としての人類の末端であるという意識を眠らせたくない。

さて写真は3月24日、大阪の「山女庵」というお店へ行ったときのもの。ここは店主が仕留めてきたものをそのまま出してくれるという野趣あふれる料理屋さんである。サバ、なまこ、ウド、稚鮎、ウナギ、スッポンといったものを食卓にあげてくれるのだが、完全予約制で行ってみないとその日に何を食べさせてもらえるのかわからない。

まず出てきたのは鹿の内臓のお刺身。昨日、仕留めたばかりの鹿だったので、提供できたという。本当にラッキーである。以前、沖縄で山羊の刺身を食べた際は、独特のにおいに閉口した思い出があるのだが、鹿はまったく生臭くない。店の人の話によると鹿は雑食ではないので内臓も問題なく食べられるとのことだった。

続いて鹿肉のボイル。これまた予想外に柔らかく、滋味にあふれる。

野菜もまた絶品。写真には写っていないが、下仁田ネギはトロトロだ。

鹿肉のステーキは塩こしょうだけで存分に味わえる。素材さえよければ調理など必要ない。

最後はボタン鍋。猪の上質な脂に心震えるが、すでに胃の容量はマックスを超えていたので、大半は持ち帰らせてもらった。

普段の食事に気を遣っているとはいえ、多忙なときはコンビニで済ますこともある。そういった食生活を続けていると、僕らが口にしているものが信じられないほど多くの人たちの手を通して食卓にのぼっていることを忘れがちである。いろんなことを考えさせてくれる夕餉だった。